・軍の猫 / ハロウィン・

『10月25日より一週間東方司令部は全員仮装で勤務のこと』
 
 そんな大総統勅令がきたのが、今朝のこと。

「何スか、あれ」
 胡散臭そうに、司令部各所に張り出された掲示を示し、ハボックが呆れた声を出す。
「……大佐がせめて一週間なりとも耳と尻尾を隠すことに気を遣わず過ごせるように、というお心配り……なんでしょうね」
 ホークアイ中尉は、複雑そうな顔で溜め息をついた。

「嫌だ」
 マスタング大佐の返事は、明快だった。
「何だってそんなカッコをしなければいけない」
「大総統命令です」
「………」
 む、と口を一文字に結んで黙り込む上司の首に、リザはさっさと赤いベルベットのリボンを巻き付けた。
 リボンの真ん中には、大振りな金色の鈴がついていて、しゃらんと澄んだ音を立てた。
 よく見ると鈴の表面には銀時計と同じ大総統紋章が、薄く浮き彫りにされているのが分かる。

 身体に馴染む黒いセーターと、黒いパンツ。
 仮装、と言っても、ロイのそれは着慣れた私服に過ぎない。
 ただ、頭上でぴくぴくと動く三角耳と。
 形のよい腰の下でゆらり不規則に揺れる尻尾と。
 それだけで、ロイは、どこからどう見ても立派な黒猫だった。

「じゃ、行きますか」
「………中尉は?」
「はい?」
「全員仮装勤務だろうが」
 いつもの青い軍服ではないものの、黒のインナーに黒いパンツという作戦行動時の制服でしかないホークアイに、ロイは不服そうな視線を向けた。
「ご心配なく」
 す、とリザは足元にあった黒い布を取り上げて、ふわりと肩に羽織った。
 それはゆったりとしたローブで、リザの全身を覆い隠した。
「どーぞ、中尉」
 ハボックが差し出す三角帽子をちょこんと頭に載せれば、絵に描いたような魔女の出来上がりだった。
 二人並べば、魔女と使い魔の黒猫、という訳だ。
 日頃の力関係に相応しいその構図に。
「お似合いですよ」
 思わずハボックは吹き出した。
 そういう彼も、今日は、大きな焦げ茶色の耳とふさふさした尻尾をつけて、気取ったスーツを着ている。
 コンセプトは、狼男、らしい。
 あいにくロイの耳や尻尾と違って、動かないのが残念だ。
「……お前もな」
 狼、というよりは、どう見てもわんこでしかないその姿に、ロイは苦笑した。

 
 東方司令部の入口を守る衛兵も、この一週間は、トランプの兵隊仕様で、記念撮影していく市民が後を絶たなかった。

「……あと一日、か」 
 ゆらりゆらり、と尻尾を揺らしながら、ロイは窓からイーストシティを見渡した。
 自在に動くと大評判の、耳と尻尾が、実は自前だというのは、相変わらずのトップシークレットだけれど。
「このまま、何事もなく過ぎてくれたらいいですね」
 静かに、ホークアイ中尉が呟く。

 けれど。
 そんな当たり前の願いは。
 街が喧噪に包まれる、このハロウィンの夜には、叶うべくもなく。

 街の銀行が、テロ組織の下位集団と思われる数名の男に襲われた、という知らせが司令部に入ったのが、終業時刻の少し前。

「出ます!」
 既にトレードマークになりつつあった、狼仕様の黒褐色の耳と尻尾をいつの間にか外して、すっかり戦闘準備の整ったハボックが司令部を飛び出していった。

 
「状況は?」
「実行犯は3名。行員を人質に立て籠もり、脱出のための車両を要求しています」
 それから、と。
 声を潜めて付け加える。
 軍資金の調達のための銀行強盗と見せかけて、犯人の目当てはどうやら貸金庫に保管されていたとある機密文書らしい、と。
「ふぅん………」
 それは、あのただひたすらに上を目指す、彼らの上官にとっては、なかなか興味深い話かも知れないなぁ、とこっそり思いながら。

 正面からは、投降を呼びかける一方で、要求に応じるパフォーマンスを。
 その間に、近隣のビルと地下水道にそれぞれ部隊を配置して、侵入準備を整える。

 たった3人の実行犯で、この広い銀行を抑えきれるものではなく。
 
 

「5分だ!5分で、車を回せ!」
 拡声器に向かって、テロリストが叫ぶ。
 
「さもなくば……!」
 
 人質達を片っ端から殺していくぞ、と。
 続くはずの言葉は、けれど不意に後ろから突き付けられた、銃口に途切れる。
「トリックオアトリート?」
 ホールドアップ、ではなく。
「……くそっ」
 ふざけた台詞に、歯噛みする。
「さて、どうする?」
 トリック。このまま、銃弾を撃ち込まれるか。
 トリート。軍には渡せぬ、機密文書を大人しく渡すか。
 さあ、どうする?と。
 三流テロリストなどより、よっぽど剣呑な少尉の、ふざけた脅しに。
 テロリストは、屈した。

 事件の事後処理も片付いて、司令部に戻ったのは、もう日付も変わる頃。
「ご苦労だったな」
 片付くまでは、と残っていたロイが、珍しくまっとうなねぎらいの言葉なんてかけてくれるから。
「……大佐」
「何だ?」
「トリックオアトリート?」
 耳と尻尾の代わりに、戦闘服を纏った男は、とりあえず可愛らしく前置きして。
 掠めるみたいなキスを、ロイの唇に落とす。
「お前のそれは、選択肢とは言わない」
 悪戯も。
 御馳走も。
 お前にとっては同じことだろうが、と。
 苦笑して。
「残念ながら、時間切れだ。ハボック」
 指差す時計は、短針を追い越した長針が、0を少し過ぎたところ。

 ハロウィンは、終わり。
 狼男も、もういない。

 だけど。
「………頑張った犬には、ご褒美が要るだろう?」

 そう言って、彼は。

 黒猫のまんまで。
 小悪魔みたいな笑顔で、笑った。

'04.10.28 a.m.00:27
 
 
 

  突発ハロウィン・ますにゃんぐ。 ほとんどあらすじです。ごめんなさい。 でもせっかくのハロウィンネタなので、とにかくアップしてみます。 いずれ、ちゃんと細かく書き直せれば………っ!

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