・軍の猫 8.5・


「まったく、何を考えておられるのです?」
 
 僅か上目遣いに睨み上げられても、全然説得力はないのになぁ、と、ブラッドレイは思った。
 会議の後、ブラッドレイのために用意された貴賓室で、ロイはまだ憤懣やる方ないという表
情で、苦言を呈し続けていた。
 
「………マスタング大佐。まあ座りたまえ」 
 孫の文句を聞き流す横町のご隠居みたいな顔をして、ブラッドレイは露骨に話題を変えよう
とした。
 ぽんぽんと、二人がけのソファの隣を叩いて促せば、さらにロイの眉間の皺が深くなった。
 
「………」 
「ん?」

 どうした、ほら?

 ぽんぽん、と。
 今度は、膝を叩かれる。
 
「………嫌なのか?」
 わざとらしく、悲しげな表情と声で問いかければ。
「そういう問題ではありません」
 そっぽを向く彼は、ひどく頑なだった。
 
 少々からかい過ぎたかな、と。 
 ブラッドレイは思う。
 
「マスタング大佐」
 呼びかけだけは、あくまで堅苦しく。
 けれど。
 ここにおいで、と。
 手招きするその仕草は、ひどくプライベートなそれで。
 
「………大総統閣下」
 まだ、何か言いたげなロイの腕を掴まえる。
  
 肘の辺りをぐいと引いての、実力行使に出る。
 逆らえないことなど、百も承知で。
 独裁者の我が儘を装って。
 
 軍人としてよく鍛えられた、けれど軍人の平均値から見れば、明らかに一回り小柄な身体は、
予期した程の抵抗はなく、大人しくソファの隣におさまった。
 まるで拗ねたように視線を逸らし、わざとらしく溜め息をつく青年の、艶やかな黒髪をさら
りと撫でる。
 それからその小さな頭を抱え込むみたいにして、ひょい、と引き寄せれば、迂闊にも予想し
ていなかったのだろう、ロイはあっさりとブラッドレイの膝の上に倒れ込んできた。
 
「………っ」
 反射的に起きあがろうとするのを、優しく、けれど圧倒的な力でやんわりと押さえ込む。
「………猫をね、飼いたいと思っていたのだよ」
 
 もう、長いこと。
 ずっと。
 
 まるで独り言のようにそんなことを囁くから。
 ロイは動けなくなる。
 
「こうして膝に乗せて、背中を撫でて。一緒にくつろぐのが夢だと言ったら笑うかな?」
「………お飼いになればよろしいのでは?」
「君がそれを言うかな?」
 困ったように、ブラッドレイは笑う。
 静かに笑って、そして夢だと言った台詞の通り、ロイの背中を優しく撫でるのだ。
 
 それは、憶えのない感情を呼び覚ませるようで。
 ひどくロイを困惑させた。
 
 
「………閣下」
「何かな?マスタング大佐」
「合成獣というのは、なかなか不便なものです」
 ぽつり、とロイは呟いた。
 
「………ふむ」
 ブラッドレイは、その背を撫でる手を止めないまま、頷いた。
「時に、自分の予想もつかない本能が、働きます」
 
 それは。
 人一倍、理性的な判断で動かなくてはいけない軍人には、マイナスでしかなくて。
 
「ですから、タッカーの試みは、決して軍に十分有効だとは考えません」
「なるほど。その点は考慮しよう」
「ええ。……ですから、閣下」
 

 だから。
 これは。
 
 ロイ・マスタングの意志、などではなくて。
 ただ。
 制御しきれなかった、猫の本能なのだ、と。
 ブラッドレイと自分自身に言い訳して。
 
 そっと身体の力を抜いて。
 抵抗をやめて。
 
 きゅ、と。
 ロイは、その額を、ブラッドレイのお腹辺りに押しつけた。
 
 手足を引いて。
 身体を屈めて、丸くなって。
 耳を伏せて。
 尻尾を身体に沿わせて。
 瞼を閉じて。
 鍛え上げた男の身体の、張りと温もりだけを感じていれば、たちまちのうちに睡魔が訪れる。
 
 
 

「……マスタング大佐?」
 すう、と安らかな眠りに落ちたロイを、優しくブラッドレイは見下ろし。
 そうして、大きく嘆息した。

 
 
 
(続)

     

  甘々ブラロイ編、8.5話でございました。 本当は、第8話の中に組み入れたかったんですけど。 どーも雰囲気が合わないので。

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