おやすみ ── side 天蓬 ──                    化け狐様・作

 熱を秘めた穏やかなぬくもりを傍らに感じながら、眠りの海にたゆたっていた。

 気怠い躯。いまだ身の内にくすぶる熾火。

 何度も何度もこの躯を穿ち、自分が意識を手放しても躯を離そうとしなかった捲簾が、その心に抱くものを、知っている気が、していた。

 低音のメロディが耳に流れ込む。

 その音を、聞くとはなしに聞いていると、しびれを切らしたように傍らの男が自分に呼びかけた。

「おい、聞いてるか、天蓬……天蓬?」

 いつも、いつでも聞いていたいと──応えたいと、思う声。

 けれど今は、何故かはっきりとした言葉を返したくは、なかった。

「…………い……」

 眠気にまかせ、嗄れた喉のまま、ただ寝ぼけた風を装って、音を綴った自分に。

「……明日、出陣すっから」

 告げられたのは、それだけ。

 けれど。

 『悪ぃな。』

 と。

 音にならない声が、聞こえた気が、した。

 ……知っていた。

 その出陣も。

 それが、ただ捲簾大将という存在を排除するための謀略でしかないことも。

 知っていて、いつか彼の口から聞くまではと、自分から訊き出すことはしなかった。

 多分。

 捲簾が、最後の最後まで自分にそれを告げないことも、どこかで自分は知っていた。

 そういう男だ。捲簾は。

「お前、また、怒んだろーな。…………けど、逆上すんじゃねぇぞ」

 きっとその男臭い顔に、苦い笑みを刷いて。

 聞いているとは思わずにただ呟いているだろう捲簾に。

 聞いていないフリをして、ただ心の中で囁いた。

 ──しませんよ。逆上なんて。

 怒りは、するけれど。

 その怒りは、逆上する類のものではなくて、氷が燃えるような蒼い怒りだろうから。

 逆上なんて、しない。

 判っているだろうにそう呟くのは、きっとそれが彼の願いだから。

 その形まで覚えてしまった無骨に優しい掌が、自分の髪に、膚に、触れる。

「なぁ、天蓬。………そーいや、お前に言ったことって、あったか?」

 暗闇に零れ落ちてくる言葉の向こうに、何があるのか、など。

 そんなこと、聞かずとも判っていた。

 音にされたことはない。自分も音にしたことはない。

 けれど、視線で、声で、仕草で、指で唇で膚で……分け合う熱で、いつもいつも、語っていたそれを。

 その、言葉を。

 今この時、形にしようとしている男に。

 意趣返しをしようと、思った。

「………れん……?」

 掠れた声で名を呼び、目を開ける。

 この色を見ろ。

 この声を聞け。

 この想いを、魂に、刻め。

「………愛しています、捲簾」

 寝ぼけた風を装って、たったひとことを音にする。

 呆気にとられた顔に、無上の喜びを、覚えた。

 ──僕に勝てるとでも思ってるんですか、捲簾?

 微笑うから。

 目に焼き付いて消せないくらい、綺麗にキレイに微笑うから。

 この笑顔を抱いてゆけばいい。

 この笑顔と想いを抱いて、一足だけ先をゆくがいい。

 置いてゆかれてなどやるものか。

 ──今はただ、望み通りに眠ったフリをしてあげるけれど。

 ──たとえ目覚めた朝にあなたがいなくても。

 いつか絶対に、追いかけて、追いついて、掴まえて、絡め取る。

 

 だから。

 その時まで。

 ──おやすみなさい……捲簾。

Libraryにある「おやすみ」という文章と対になるかたちで 化け狐様が、天蓬視点を書いて下さいました。 自分で描いた情景なのに、 自分で書いたのではない、という とても不思議な体験でした。 化け狐さま、 本当にありがとうございました。 天蓬には全て分かっていて欲しいとも思うし、 逆に本気で寝惚けていて欲しいとも思います。