Silent Night





 幻のように遠く。
 鐘の音が響いていた。


 掌に突き刺さったままの刃に、ふと目を落として。
 一瞬だけ、抜こうかどうしようか迷ったけれど。
 痛覚なんてものは、とっくに麻痺させてあるし、抜いたところで出血多量を招くだけだし、
とりあえず手を使う予定が思いつかないので、そのまま放っておくことにした。
 
 両の掌。
 脇腹。
 これで両の足にも刃が刺さっていたなら、紛うことなき聖痕なのに、と。
 右脳の片隅で、そう思った。


「捲簾?」
 視線を落として。
 足元に転がる、黒ずくめの物体に、呼びかける。
「……天、ぽ……う?」
 僅かに洩れる濁音と苦しげな息づかい。
 声と呼べる程の声は、もう、出なかったけれど。 
 
 こんなになっても、まだ。
 鋭さを失わない目線だけで。
 確かに、返ってきた言葉。
 一瞬。
 確かに、笑いかけられたと思ったのは。
 きっと錯覚なんかじゃない。



───すみません、捲簾。
   貴方は。
   きっと、最後まで。
   諦めないけれど。
   少しだけ。
   僕は、疲れました。

   あの子も、奪われて。
   あの人も、失って。
   それでも。
   まだ。
   此処で、戦い続けていくことに。

   ねぇ。
   一度だけ。
   少しだけ。
   休んでも、いいですか?


 言葉には出さず。
 ただ、その凄絶な瞳で、微笑みかければ。
 くすり。
 笑った声が聞こえた気がした。

───仕方ねぇなぁ。

 それでも。
 自分達には──この魂には──、真の安息など、真の終わりなど、ないことを知っているから。
 今は。
 もう。
 「天蓬」も。
 「捲簾」も
 休ませてあげても、いいのではないだろうか?

 月明かりだけが冴え渡る、闇の中で。
 刃が、重く鈍く、光を反射した。

















 
 
 
 
 






 
 
 





 一歩一歩、踏みしめるたびに。
 柔らかくその足を受け止め、さくりと独特の質感で沈み込み、踏み固められていく新雪。
 己の後に、点々と続く足取りも。
 その傍らを彩る紅の色彩も。
 明日の朝には皆、更なる雪に積み重なって消えてしまうだろう。
 いっそ。
 この雪に埋葬されて。
 永久に、埋もれてしまえばいいものを。 








 
 肩に担いで───というよりは担ぎきれずに半ば引きずっている、一人分の質量が重い。
 どう考えても、無理がある。
 頭では分かっている。
 けれど。
 まだ足は止まらない。
 とっくの昔に凍てついて感覚なんて消え失せたはずのこの掌は、何故か今も捲簾の骨太な手首を
掴みしめて離さず。
 妙に生々しい弾力の記憶だけが、未だにリアルだ。

 捲簾の肩に突き立てた短刀の、皮膚を破り筋肉に食い込む特有の弾力と。
 骨に当たって止まる、硬い手応えと。
 それから、まだ温かい赤い液体の温度と。
 
 まだ。
 生きている。
 そう思った時。
 喉から心臓が迸りそうだった。
 イヤ、だ。
 失いたくない。 
 声帯が千切れそうな悲鳴が──自分のものとは思えない悲鳴が。
 白と黒の闇を、一瞬だけ切り裂いて。
 そのまま、虚空に呑み込まれて消えた。


 
 とうに死に瀕しているのだ。
 今さら、肩に刀傷の一つや二つ増えたところで、大差はなかろう。
 自分の行動に、後悔も迷いもない、けれど。
 切ない想いを抱いたまま。
 それでも、身体は動き出していた。
 
 捲簾の右の脇下に、己の身体を潜り込ませ、左の肩にその持て余す長身を担ぐようにして立ち上がる。
 お世辞にも丁寧とはいえない──間違っても瀕死の重傷を複数負っている人間に対する取り扱いでは
ないことに対する生体反応としての抗議だろう。
 意識なんてない捲簾が、それでも小さく呻いたのが分かった。
 ほら。
 まだ。
 生きている。
 胸の奥から湧いてくる歓喜に。
 知らず笑いがこみ上げた。

 ゆっくり。
 ゆっくりと、足を動かし続ける。
 何処へ、なんて。
 もう分からなかったけれど。
 ただ。
 諦めないために。


 


 
 ずるり。
 感覚のない腕から、何かが抜け落ちた。
 
 どさり。
 重いものが雪の上へと落下していく。
 意識のない人の身体というのは。
 これほどまでに重いもの、なのだ。
 ……あ。
 
 思った時には。
 目線の高さに雪が積もっていた。

 雪の上に。
 自分も倒れたのだ、と。
 気付くのに、数秒かかった。
 
  
 それから。
 気が遠くなるくらいの時間をかけて、捲簾の身体を引きずり起こして。
 なんとか一番近くの木に凭れさせ、座った姿勢を取らせることに成功した。
 同じくらい時間がかかったけれど、自分もその隣に座り込むことに成功した。
 
 肩を並べて。
 座り込んでいたら。
 ここが下界であることさえ、忘れそうで。
 たとえば。
 天蓬の自室の床に、二人意味もなくしゃがみこんでいたあの時のままのような。
 そんな気がした。


 ふわり。
 柔らかなベールに包まれるように。
 眠りの誘惑が、天蓬の全身を包み込んだ。
 
 抗わず。
 瞼を、閉ざす。
 
 大丈夫。
 もう。
 諦めたり、しないから。
 夜が、明けたら。
 ちゃんと進むから。
  
 ほんの少し。
 休むだけ、だから。
 
 
 深い眠りの淵に引き込まれる寸前。
 何かを思い出すかのように、一度だけ、目を開けて。
 
 顔を、上げた。
 













───ああ。
   綺麗な夜だ。

 見上げれば、満天の星空。
 天高く青白く天狼星。
 どこまでも。
 綺麗な夜、だった。
 
 一面の、雪。
 一面の、白。
 返り血の紅が、あざといほど艶やかに映えるから。
 なんて鮮やかに。
 祝福めいた、この色彩。
 
 聖なる夜に。
 静かなる夜に。


 この手で。
 貴方を。
 眠らせてあげたかった───。



   



 幻のように遠く。
 鐘の音が響いていた。



 

昨年クリスマスに URL請求制で贈らせていただきましたものです。 そろそろクリスマスのほとぼりもさめましたので 限定解除。 ただの暗い話としてお読み下さいませ。 今回のキィワードは 「White Christmas」と「Silent Night」「Holly Night」 というところでした。 目標は 天蓬で真っ暗で救いようがなくて全然クリスマスじゃない、でもクリスマスにしか書かない話。 クリスマスには毎年、真っ暗な話を書いてます。 これで3本目。 ちなみに1作目は00年に拈華微笑様にて限定公開していただきました。 2作目は「夢に見るHeaven」にも再録した01年のカードブックです。 初稿上がってから 確かこんなイメージあったなぁ、と記憶に検索かけたら 元ネタは、BUCK-TICKの“SILENT NIGHT”でした。 それにTHE YELLOW MONKEYで“MERRY X'MAS”を加味するとこんな感じ? 九城的には二大クリスマスソング。 んで、その向こうからオーソドックスな「きよしこの夜」 ハンドベルかオルゴールバージョンが鳴ってる感じでしょうか? URLをご請求下さった方々には、 あらためて、ありがとうございました。 そしてもし、こんな話でもUPを待っていて下さった方がいらしたら その方々にもありがとうを申し上げたいと思います。 Library Top / Entrance