花天蓋
「おーい、天蓬ーっ?」
天界の春は永遠。
うららかでのどかであたたかで。
春眠暁を覚えずというのなら、それは目覚めることなんて知らない、無限の午睡。
「……あの野郎、どこでサボってやがる」
西方軍のツートップは、基本的に同類である。
デスクワークが苦手で。
めんどくさがりで。
さぼり屋で。
だから。
執務室からの逃亡は、いつだって、早い者勝ちで。
もちろん、一歩出遅れたって、おかまいなしに二人揃ってサボることなんてのも、常習犯だったりは、
するけれど。
気が向いたら。
探しに出かけて。
二人一緒に、苦行に戻るのも悪くはない、なんていうのも。
日常茶飯事な、二人だ。
「天蓬?」
今日。
逃げ遅れたのは、捲簾で。
だけど。
不愉快になんて、ならない。
空は、少しだけ霞のかかったように水色で。
風は、少しだけ冷たく。
陽射しは、少しだけ強く眩しい。
そんな、春。
彼をさがして。
あてどなくそぞろ歩くことさえ。
ひどく、心地よい。
永遠だけれど、今だけの、春。
自分がサボった時に行くポイントがいくつかあって、そのあらかたは天蓬に把握されているように。
天蓬を探すポイントも、大体は分かっている。
籠もる気分なら、図書室か、資料室。
外に行くなら外宮の森か、花園の桜並木か。
こんな、天気なら。
天蓬ならばどうするか、ということよりも、自分が行きたい、という理由で捲簾は花園に足を向けた。
ちなみにそこで天蓬が見つからなかった場合、他をあたる、という選択肢も捨てた。
一重に、八重。
小輪大輪入り交じり、まさに百花繚乱。
いずれ劣らぬ風情で咲き競う花樹達の、一画。
見事な枝垂れ桜が、悠々とその枝を伸ばしていた。
半球を幾つにも伏せて重ねたような、独特のシルエットが印象的な古木である。
地面に触れるか触れないか、というその絶妙な枝加減。
柔らかな中にも微かな冷気を秘めた風に、ゆるりと花が揺れる。
その、大木の根本。
ごつごつと決して滑らかではないその幹に背を預けて、天蓬が眠っていた。
ただでさえ猫背気味な背を丸めて。
項垂れるように頭を垂れて。
ひっそりと静かな、眠りだった。
胡散臭さばかりを際立たせる白衣は、花の色に紛れて。
その鋭くも凄艶な翡翠の瞳は瞼の奥に隠され。
屈めた身体は大木の下にあって、余りに小さく見えて。
眠る天蓬は、ひどく稚く。
零れんばかりの花は、自らの意志で天蓬を護り隠しているかのようだった。
「そいつを迎えに来た。入れてくれ」
その、大きな樹幹を見上げ、捲簾が、真顔でそう声をかければ、風もないのに枝が揺れた。
それを了承の返事と受け取って、捲簾は花の下へと足を踏み入れていく。
天蓬の一歩手前で立ち止まり、改めて頭上を仰げば、ぐるり半球状に花に囲まれた内部は、存外に広いことに
気付いた。
枝の内と外では、まるで眺めが違う。
そのまま。
しばし、花枝の作り出す異空間に見惚れていれば。
「……まるで、小宇宙のようですよね」
足元から、柔らかく声がかけられた。
うっすらと目を開いた天蓬が、まだ少しだけ夢の余韻を引きずっているかのような、曖昧な表情で笑いかける。
ゆめは、うつつ。
うつつは、ゆめ。
この世界の、出来事のすべてが。
まるで。
花の下なる宇宙で、誰かの見た夢のような。
そんな錯覚。
いつまでも。
此処から。
遠い夢のように。
眺めていたい。
そう思ったのも、また、真実。
「行くぞ、天蓬」
だから、こそ。
彼の、隣で。
共に、寝転がって。
微睡んでいたい、その誘惑を。
きっぱりと、断ち切って。
一歩、踏み出して。
伸ばした手。
迷わず。
重ねられた掌。
終わることない、春を。
この手で、終わらせて───────。
'03.05.07 a.m.01:39
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