・初演習・

 

 
 
 永遠の春に微睡む天界にも、時はあり、暦はある。
 曜日もあれば、年月もあり。
 そして。
 年末もあれば、新年もあるのだ。
 
 
 
 

 正月明けて三日がお祭り騒ぎの祝日なのは、天界も下界も変わらぬ風習で。
 そして、正月明けて四日が、天界軍最初の出勤日となる。
 
 仕事始めのこの日は、当直の兵を除いて、全軍揃っての閲兵式がある。
 ずらり天界全軍が天帝の前に勢揃いする閲兵式も、それはそれで大変見応えがある演しものではある、ものの。
 こと西方軍にとってのメインイベントは、午後からの初演習にある。


 
 それでも最初は、あくまで正月の祝いを込めた、賑やかではあるが半ば儀礼的な、手合いではあったのだ。
 いつしか正月気分の無礼講大会となった初演習は、捲簾大将と天蓬元帥という最強2トップを戴く現在、巨大
な野外演習場を借りきっての無制限バトルロワイヤルもどきとなっている。
  
 得物は無制限。
 ただし、あくまで演習なので、飛び道具の場合ペイント弾に限られている。
 それさえ守れば、小銃でもライフルでも、太刀でも槍でも何でも構わないし、使用数にも制限はない。
 対戦方式も無制限。一対多数でも全く構わない。
 ルールは一つ。
 ただ、勝ち残ること、だ。
 日頃の演習に準じて、負けを判断された者から、自動的に退場となる。
 日没までの制限時間までに、その限りない乱戦を、如何に勝ち残るか。
 
 
 
 
「よぉしっ!全員準備はいいなっ!演習開始だーっ!」
 
 拡声器から演習場中に響き渡る、捲簾大将の宣戦布告ならぬ開始宣言と共に、演習が始める。

 「おらおらおらーっ」
 行くぞ、と。
 太刀を薙払って、捲簾が進む。
 
 歓声と、掛け声と、鋼を打ち合う音と。
 何処にいても。
 彼、だと分かる。 
 
 この大乱戦の中を、わざわざ的になりに行くようなものだ、と。
 いち早く木立の中に身を隠して、一段落付くのを待ちながら、天蓬は楽しげな笑みを浮かべた。
 シード権のようなもの、と本人は思っている。
 何人倒したかはカウントされない以上、隠れて逃げ延びるのを立派な戦略だ。
 
 
 
 
 実弾も真剣も用いない模擬戦、とはいえ。
 間近で打ち合えば、痣や擦り傷は当然のこと。
 閲兵式用に新調された軍服が、みるみるうちに汚れ、傷ついていく。
 それが、小気味いい。
 
「……っ!」
 かさり、草を踏みしだく音。
 反射的に、手近な大木の幹に身を隠したと同時に、耳元を掠めるペイント弾。
 次の瞬間、天蓬も引き金を引く。
「うわっ、と。………ああ、外しましたか」
 残念残念、と。
 まるで外したことを気にせぬ、飄々とした調子で、保徳が笑う。
 初っ端から、嫌な相手に当たったものだ、と天蓬はわずか顔を顰める。
「まあまあ、元帥。たまには可愛い部下と遊びましょうや」
「誰が可愛い部下ですか」
 やれやれ、と溜め息と共に、天蓬はゆっくり木陰から出ていく。
「お手合わせを」
 木立の中での立ち合いに最適な、刃渡りの短い刀を抜いて、保徳が誘う。
「良い度胸、と褒めてあげますよ」
 にやり、と剣呑な笑みをその朱唇に浮かべて、天蓬も刀を抜く。
 保徳のそれより、幾分長い分、リーチはあるが、動きは制限される。
「元帥お覚悟っ!」
 気合いと共に斬りかかってくるのを、右にひらりとかわす。
 姿勢を戻すその流れのまま、保徳の胸元へと刃先を突き入れるが、触れる寸前、間一髪で弾かれる。
「……!」
 軽く息を呑む。
 さすが捲簾自慢の一番隊長。
 そう容易くは、勝てるはずもなく。
 
 少しだけ本気のレベルを上げた天蓬に、保徳は、満足そうに笑った。
 
 
 
 

 その頃、捲簾はといえば。
 広い演習場のど真ん中で、文字どおりの百人斬りを続行中。
「おらおら、もう終わりか?」
 どんどんかかってこい、と中指立てて挑発されて。
 我こそは!と向かっていく無謀な勇士に事欠かないのは、西方軍にとっては、とても頼もしくも喜ばしいこと
だ。
 むろん。
 気合いと根性だけで、倒せる相手でもないのが、捲簾で。
 さすがに無傷、とはいかず。
 あちこちに擦り傷負いながらも、楽しそうに笑っている。
 
 
 
「あーあ、楽しそうですねぇ」
 そう溜め息混じりに呟くものの。
 演習場内の小山から見下ろす天蓬も、やっぱり楽しそうで。
「初演習って、どう考えてもあの人が一番楽しんでいますよね」
 
 仮にも一軍の大将。
 初演習で、一兵卒に負けるなど、許されるはずもなく。
 本来ならば、多大なプレッシャーを背負わされるべきところだけれど。
 
 彼は。
 ほんの欠片ほども、それを重圧と感じることもなく。
 ただ。
 軽やかに。当たり前に。
 だからといって一瞬の油断も過信もなく。
 まっすぐ。
 勝利に向かっていく。
 
 その、鮮やかな姿を。
 少しだけ眩しげに見つめていたこと、なんて。
 捲簾は、知らなくていい。 
  
  

 冬の一日は短い。
 限りなく続くかのように思えた乱戦も、またたく間に伸びていく影と共に、ゆるやかに終息の時を迎える。
 
 
「何だ、もう終わりかよ」
「そのようですね」
  
 最後に残るのは。
 まるで約束されたエンディングのように、やっぱりこの二人で。
 
 その、予定調和を。
 今年こそ崩さんと、死力尽くして戦ってきたはずの、西方軍一同は、それでも負けた悔しさよりも、惜しみな
い賞賛と敬意を込めて、自分達の指揮官を見つめていた。

「行くぞ」
 捲簾の言葉を掻き消す、銃声。
 至近距離から撃ち込まれる銃弾を、捲簾はあり得ない速度でかわし続ける。
 
「ったく、相変わらず下手クソだなぁ」
 マガジン一つ分撃ち尽くさせて。
 呆れたように捲簾が言う。
 
 いやそれは大将だから避けられるんです、と。
 見守る敗者達は心の中で呟くけれど。
 言われた天蓬当人は、どうやら捲簾の意見に同意しているようだった。
「だから練習してるんですけどねぇ」
 
 銃も。
 太刀も。
 本気で、向かい合えば、たぶん捲簾に叶わない。
 それを、天蓬は知っている。
「来ねぇなら、こっちから行くぞ」
「……っ!」
 早い、と。
 喉元を過ぎていく模擬刀を半ば呆然と見送りながら、天蓬は本能で身をかわし続ける。
 
 彼と。
 本気で手合わせする機会は、本当のところそれほど多くない。
 だからこそ。
 驚かされる。
 戦う度。
 もっともっと強くなっている。
 その単純な事実に。

「……おい、何考えてんだっ?」
 真面目に戦え、と。
 捲簾が要求する。
「貴方のことですよっ!」
 ヤケクソのように言い返しながら。
 十分真面目にやっている、と。
 天蓬は反論する。 
 
 これで手を抜いていると思われるなんて、とんでもない。
 かわすだけで、手一杯、なのに。
 反撃する余裕なんて。
 どこにもない、のに。
 
 もっと出来るだろう、と。
 もっと行けるだろう、と。
 
 彼は。
 平然と、手招きするのだ。
 
 それが、無性に悔しくて。
 天蓬は、掌に隠し持った小刀に、力を込めた。






「………そこまで!」
 
 ピィーと甲高い音で、審判の笛が鳴る。
 遠くで、陽が落ちる。
 
 捲簾は、天蓬の左胸で止まっていた太刀を、ゆっくりと下ろした。
 その、喉元には、鮮やかなオレンジが広がっている。
 天蓬が隠し持っていたペイント弾だ。
 
「………審判?」
 どっちの勝ちだ、と。
 捲簾が目線で問う。
「大将、ですかね」
 一瞬、天蓬のペイント弾が炸裂する方が早かった、と。
 判定される。
「ま、実戦でしたら、相討ちでしょうね」
 
 たぶん。
 捲簾の太刀ならば。
 あのまま、己が息絶えたとしても。
 敵を討ち損じることは、ないだろう。
 
 
 
 うおおお、と。
 地響きみたいな歓声が演習場を埋め尽くす。
 
「よーっしゃ。1万、貰ったな」
「ちっくしょー。今年も絶対大将の圧勝だと思ったのになぁ」
 歓びの歓声と。
 それを上回る、溜め息と。
 今年の勝者が、賭けの対象となるのも、またいつものこと。
 いわばもう一つの、初勝負、だ。

 

「んじゃ、我らが元帥様の、祝勝会と行くか」
 そう捲簾が、号令すれば。
 また盛り上がる歓声。

 鼓動も。
 呼吸も。
 まだ、弾んだまま。
 おさまらない高揚感もそのままに。
 
  
「よーっし!今日は呑みますよーっ!」
 天蓬も、高らかに、宣言する。




 大丈夫。
 
 もっと。
 もっと。
 自分も、まだ先に、行ける。


 まだ。
 高ぶる拳を。
 そっと握りしめて。
 そう。
 自分に、宣言する。
 
  
 
 

 一昨年よりも。
 昨年よりも。
 この、時の止まった、世界でも。




'04.01.01  p.m. 06:57 
 

ということで、新年の新作は「初仕事」でした。 お正月行事らしい話を目指したはずだったのですが どこらへんがお正月だったのか(^^;; 久しぶりに、思いっきり捲×天を書いたような気がします。 夏〜秋冬と色々違うモノを書いてましたので(苦笑) しかし、書き出すと一番書きやすくて、 一番勝手に言葉が進むのも彼らだと、今回ばかりはしみじみ実感。 いえ本当に、可愛いお正月話、のつもりだったんですよ。 でも勝手に天蓬さんが動き出すし。 なにはともあれ、 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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