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1・
長い雨だった。
何日も何日も空は重く暗い雨雲に閉ざされ、太陽は姿を見せず。
悟空の閉じ込められた狭い牢の中深くまで、じっとりと雨は濡らした。
寒い、と悟空は半ば無意識に己の肩を抱いた。
それでも。
吹き込む雨に濡れて。
小さく震えて。
それでも、悟空は雨雲を目で追い続けた。
空を、見つめ続けた。
雨は、好きじゃない。
吹き込む雨は、冷たくて。
太陽の見えない空は、重くて。
だけど。
きっと、いつか。
きっと、もうすぐ。
この雨は、上がる。
そうしたら。
きっと、とびきり澄んだ青空と。
きらきら光る太陽が戻ってきて。
そうしたら。
あれが、見えるかも、知れない。
時折。
とても美しいものを見ることが出来るのを、悟空は知っていた。
雨上がり。
塵一つなく、全て洗い流された大空に、一筋。
大きく架かる、美しい色彩。
けれど。
それを虹、と呼ぶことを。
悟空は、忘れた。
虹、という言葉を教えてくれた人の。
柔らかに澄んだ声や、強く揺るぎない瞳や、白い毅然とした姿と共に。
2・
「………うわっ!」
皆で、天宮の裏の森へと、遊びに行った時だった。
体力皆無の金蝉に合わせて、そう遠出は出来なかったけれど。
お弁当にはたこさんウィンナ。水筒には麦茶。おやつにはバナナ。
笑って。話して。
時に、怒鳴って。
穏やかな一日の締めくくりは、何故かどしゃぶりとなった夕立だった。
急に曇ったかと思ったら、たちまち大粒の雨に変わって。
大樹の陰で、気持ちばかりの雨宿りをして。
わくわくしている間に、雨は上がった。
「……捲簾、最近、雨神のどなたかと諍いました?」
責任は捲簾にある、と。
決めつけたように天蓬が問えば。
「あ?んなの知るかよ」
捲簾は言下に否定するけれど。
賭け麻雀で大金巻き上げたこと、とか。
ご執心の女官が、実は捲簾にご執心で、いいよる雨神を袖にしたらしい、とか。
ちゃんと、天蓬の耳にまで届いていたりも、していた。
「夕立だ。すぐに止む」
人一倍不機嫌になるかと思いきや、金蝉は意外にも平然と大樹に身を預けていたりするから。
悟空も金蝉を真似て、大樹の幹に背を預け、葉の先から零れてくる雫を目で追っていた。
金蝉の言うとおり、雨は、すぐに去った。
あっという間に、抜けるような青空が戻ってきて。
雨上がりには、雨神の置き土産。
「うわぁ、あれ何?」
初めて見る虹に、悟空は雨に濡れたことも忘れたようにはしゃぐ。
「虹、ですよ」
天蓬が、すっと手を挙げる。
腕から、掌、そして人差し指へ。まっすぐ綺麗に伸びたラインが、そのまま、空の向こうの虹まで、悟空の視線を誘導する。
「にじ」
悟空は、その響きを噛みしめるように、天蓬の言葉を復誦した。
3・
「また、逢えますよ」
その人が、微笑んで言うから。
うん、と。
頷くことしかできなかった。
「そうですね……ああ、ちょうどいい」
ほら、あそこ。
指差す先には、七色の光の橋。
あの、光の袂あたりで。
また、逢えますから。
見つけて、下さいね。
そう約束した、綺麗な笑顔も。
果たされるはずのない約束も。
今は、知らない。
けれど。
この、長い雨が終われば。
いつか、きっと。
虹が出る。
そのことを、悟空は知っていた。
だから。
この、空の向こう。
この、雨の向こう。
虹が、見えたら。
───笑おう。
4・
「………悟空?」
虹を。
見つめている、というよりは、どう甘く形容しても睨みつけているようにしか見えない悟空の様子に、思わず八戒が声をかけた。
「どうかしましたか?」
重ねて、問えば。
「え、何?」
不意に、夢から醒めたように。
悟空は、八戒へと視線を戻した。
もう。
すっかり、いつもの悟空で。
「さあ、雨も上がったし、そろそろ出発しましょうか」
運転手の声に、皆、いつもの定位置に座る。
ジープのエンジンがかかる。
午後の陽射しは、きらきらと眩しく。
西向かう彼らは、光の方向へと、走り出す。
ちらり。
肩越しに振り返れば。
まだ、くっきりと。
空には、虹。
ごめんね。
約束、したけど。
俺、行けないから。
あの、虹の橋の袂まで。
ここが。
俺の、居るところだから。
だから。
さよなら─────。
"02.07.17 a.m.02:03
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