・軍の猫 10-r・
若干の性描写を含みます。ご注意下さい。
大総統御一行様が、セントラルに戻って。 爆弾魔と徒名される物騒な元国家錬金術師が、再び囚われの身に戻って。 東方司令部には、いつもの平穏が戻ってきた───わけ、ではなかった。 そもそもこの一連の騒動の原因である、ロイの猫耳も猫尻尾も、実のところ何の解決もみてはいないのだから。 とはいえ。 何だか一段落したような気になっているのは、東方司令部の面々に共通した空気であった。 ホークアイ中尉が、午前中、ロイの机の上向かって右手に積み上げた要決済の書類の山は、一定のペースで左側処理済の山へと移動していく。 綺麗な黒の耳は、形よくぴんと立って。 さらさらと途切れることなくペンを走らせる微かな音と、規則正しく紙をめくる音。 そして。 まるでメトロノームのように一定のリズムで、右へ、左へ、ゆったりと揺れる長い尻尾と。 ああ。 今日はマスタング大佐、機嫌がいいなぁ、と。 司令部の面々は、視界の隅で確認する。 元々、分かりやすいといえば分かりやすい人であったけれど。 猫化して以来、彼の機嫌は、とても見やすい。 「大佐、先月のコレですが」 ちょうどいい、と少しややこしくなっていた事件の事後処理について、ハボックは相談しに行った。 「……ん?ああ、あの件か……」 ちょっとだけ、眉間に皺を寄せて。 でも、耳は相変わらず綺麗な三角形でぴんと立って。 尻尾も、変わらぬテンポで、ゆらゆらして。 「…………ハボック少尉?」 不意に。 低い声で、名前を呼ばれて。 「はい?」 「君は、一体何をしているのだね?」 気が付けば。 自分の指は、彼の耳の真っ黒で艶やかな毛並みを、撫でていた、らしい。 おそるべし、無意識。 「は、いや、あの………」 も、燃やされる? と焦ったのは、一瞬。 いや、猫化してからのロイは、よほどのことがない限り、焔を出すことはないはずだ、と自分を落ち着かせようとハボックはした。 が。 「お前がそんな猫好きとは知らなかったな」 ロイの機嫌は、予想外に良かった、らしい。 「今度アルフォンスに会ったら、次に猫を拾った時には少尉のところに持っていくようアドバイスしてやろう」 そう、上機嫌に笑うロイに。 ああもう、いっぺんこの人締めてやろうか、と。 物騒な考えに陥るハボックだった。 何でこんなに鈍いのだろう、と。 心底不思議に思う。 いや鈍いんじゃなくてもしかして自分は故意に話を逸らせて、はぐらかされている、とか? 本来、焔の錬金術師、ロイ・マスタング大佐は、その程度には、策士で切れ者で性格と底意地の悪い人間であるけれど。 けれど、いっそその方がずっとずっとましじゃないだろうか、と。 こんなにも綺麗に完璧に。 気付いて貰えない、よりは。 「おやご存じなかったですか?ええそりゃあもう俺猫好きですよ?今すぐ喰っちまいたい位にね」 精一杯自分の心を誤魔化して、そう皮肉っぽく告げれば。 くすくす、と。 またロイは笑う。 「ブラックハヤテ号の時もそんなことを言っていたな。だからお前は物騒だと言われるんだ」 いや、あんただ。あんた。 上官だろうが何だろうが。 心の中では「あんた」呼ばわりで、ハボックは呻く。 頼むから、気付け。 気付いてくれ。 別に、俺は。 猫が好きで、あんたの世話を焼いてるんじゃない。 「冗談っスよ」 勘弁して下さい、と。 色んな意味で、両手を上げて、降参の合図。 「別に俺は、猫好きって訳じゃねえし。俺は、あいつらみたいに、後先考えず捨て猫拾っちゃうほど優しくはないっスよ?」 「その割には、触りたがるだろう、お前は」 おや、と思った。 意外にも、気付いていたのだ。 つい。 猫耳に手を伸ばしてしまう、自分に。 「そりゃあ、その猫耳つけてる大佐は、可愛いと思いますから」 「……バカもの」 誰が、可愛い、だと。 ちょっぴり頬を赤く染めて。 ますます、可愛くなって。 けれど、やはり御機嫌は損ねたらしく、ゆらゆら揺れてたしなやかな尻尾を、ぴんと立てて。 そのまま、ロイは黙って、書類を睨み付けた。 何だか、むっとして。 ハボックを、無視して書類を睨み付けてはみたものの、余計なことが頭から消えなくて、ロイは不機嫌だった。 ハボックは。 別に、猫好きじゃない、という。 でも、この猫耳は、可愛いと言い。 しきりに触れてくる。 そう。 ロイが咎めない限り、何度だって。 ひどく、愛し気に。 その、矛盾する行動が、ロイを落ち着かなくさせる。 眉間に皺を寄せて。 少しだけ考え込んで。 そうして。 ───そうか。 ハボック少尉は、そういう趣味嗜好の持ち主だったのか。 そうか、と。 明後日の方向で、ロイは納得した。 猫耳萌え、とは。 あいつは、意外にマニアックだったのだな、と。 なるほど、ならば。 しきりに、ハボックが手を出してくるのも分かると思った。 そうして。 それでもいいか、と。 つい、思ってしまったのだ。 たとえ、彼が好きなのが、この耳と尻尾だとしても。 彼が、それを好きだというなら。 「お前がそういうマニアックな趣味とは知らなかったな」 さらりと言ったロイに。 ハボックの目が点になった。 「は?」 「それは、男でも有効なのか?」 「……すんません、あんた今一体何をどう納得したんですかっ!?」 ロイの類い稀に優秀だけれど、同じだけ常人離れした頭脳が、この僅かな沈黙の中で自分に関して、とんでもない推論をしたことは、長年の付き合いですぐに分かった。 その推論を放っておくと、とんでもないことに発展することも。 「隠すことはない、人間誰でも萌えはある。お前が猫耳萌だったとしても、私は何もお前の全人格を否定したりはしないぞ?」 まぁ私には理解し難い萌えだがな。 目上の余裕たっぷりに、理解を示されたところで。 嬉しいはずはなく。 「あのですねぇ、ロイ・マスタング大佐」 「何だね、ジャン・ハボック少尉」 「一つ、誤解を訂正しておきたいのですが」 「何をだね?」 「俺が好きなのは、猫でもまして猫耳コスプレでもありません」 「そうなのか?」 心底意外そうに、ロイは目を見開く。 自分の推論が間違っているはずない、と信じ切っているこの優秀なバカをどうにかして欲しい、とハボックは信じてもいない神様に祈りつつ。 彼がどんなに複雑に捻くれた思考回路の持ち主でも、誤解しようのないだろう言葉を告げる。 「俺は、あんたが好きなんです」 「……………え?」 え? ……じゃないだろうーっ!!! 本当に。 まるで思ってもみたことのないことを言われた、というように。 幼いそぶりで、きょとんと黒い瞳をまん丸くして、ハボックを見つめるロイに。 ハボックは、自分達の今までの時間は、何だったんだろう、と遠い目をした。 「可愛いですよ、本当に」 そう囁きながら、頭上の耳を撫でられて。 ロイは、ぴく、と身を竦めた。 どういう仕組みになっているのか、本当のところよく分からないが、れっきとした感覚器官である耳は、元々敏感で感じやすいロイの身体の中でも、殊に敏感で。 優しく撫でられれば、ひどく心地よく、身体の力が抜けてしまうし、くっきりとした情欲を込めて弄られれば、身の裡深くに熱が宿る。 そんな風に耳ばかり愛撫されては、やっぱりお前猫耳萌じゃないか、ときっぱり否定されたはずの疑惑が、じわじわと蘇ってくる、けれど。 それを凌駕する熱っぽさで口づけられ、思考が解けていく。 背中を抱いていた手が、ゆっくりと下肢に向かって滑り下りていくのを、ぼんやりとロイは感じていた。 あんたが好きです、と。 強い、揺るぎないまなざしと共に告げられた言葉は、けれどロイには、ひどく現実感がなくて。 自分と、彼の間の、ことだとは、とても思えなかった。 厭ですか?と。 軽く唇に唇で触れた後に、聞かれて。 厭、ではなかったので、首を振った。 厭、ではなくて。 ただ、よく分かっていなかったのだ。 触れる唇は、あまりに優しすぎたので。 それが、示すものを。 「大佐……?」 目覚めた朝。 腕の中に愛しい人がいる。 それは、ひどく不思議な光景だった。 寝汚い上司を、叩き起こして職場に連行するため、ではなく。 そこに自分がいる、ということが。 「……ん」 むずかる子供みたいに、小さな声を漏らして。 シーツの中に潜り込もうとする彼は、やっぱりどうしようもなく、猫で。 その、細く黒い尻尾が、甘えるみたいにハボックに絡み付いて。 ハボックは、口元を緩め、どうしようもなく愛しい気持ちで、その手触りのよい耳を撫で続けた。 優しく耳を撫でられる心地よさの中で目を醒ましたロイは、自分がついうっとりその手に身を委ねてしまっていたことの照れくささを棚上げして。 やっぱりハボックは猫耳萌に違いない、と心の中で断定した。 (続) |
やっと!
ハボック、リベンジ編。
猫耳萌えだと誤解される、可哀想なハボックが書きたかったんです。(大笑)
とはいえ。
猫耳萌えだとかコスプレだとかいう単語をこの人達が知って
たら絶対嫌です.....(泣)
あの、本来、冗談ですからね、この話....。
猫小屋
ええとハボックリベンジ編、なので。
実は、「軍の猫 4」同様、これは修正版だったりします。
完全版もこそりとUPしてありますので、
*18歳以上
で
*一般的ネットマナーをご存知であり、かつそれを守れる方
よろしければ、どうぞ。
念のため。リンクはしていません。
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