・花降る午後の寓話・


 ある朝のこと。

 いつものように、飼い犬で、部下で、でもって大事な恋人でもあるハボック少尉の腕の中で目を覚ました、東方司令部司令官のロイ・マスタング大佐は、自分がとても小さくなっていることに気が付きました。

「ーーーーっ!!」

 人は、あんまり驚くと、きゃあ、とかわぁ、なんて綺麗な悲鳴は上げられないものです。
 東方司令部の誇るマスタング大佐とて例外ではなく。

 ロイは、声も出ないまま、隣のハボックの腕を掴んで、ゆさゆさ揺さぶって、一生懸命彼を起こしました。
 もちろん、目を覚ましたハボックの反応は、数分前のロイとなんら変わるものではありませんでした。

 
 痛いところは?
 怪我は?
 他に異常は?

 二人で色々点検してみましたが、小さくなっている、というとびきりの異常の他には、特に見当たりませんでした。

「大佐……何か錬金術、使いました?」
「そんな訳あるか!」
 暗に、何をどう失敗したのだ、と訊ねているハボックに、ロイはむきになって言い返します。 
「錬金術の基本は、等価交換だ」
 成人一人分の質量と、幼児一人分の質量。
 明らかに、錬金術の原則が無視されています。

「……錬金術」
 はた、とロイは気付きました。
 ごそごそと発火布の手袋を拾いあげます。
 もちろん、小さなロイの指には余りますけれど、とりあえず布を強く擦り合わせることさえできれば、火花は発生します。
 ぎゅ、と。
 ロイは、親指と人差し指に力を込めて、強く擦り合わせます。
 ぱち、と火花が散って。
 ぼっ、とハボックの銜え煙草が燃え上がる───べきでした。


  


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