ニアミス



 彼について、四木が知っていることは、決して少なくはないはずだった。
 その大半は、彼が粟楠会の一員となる際に、組として調べ上げた彼についての、情報だった。

 生育歴。家族歴。学歴。職歴。逮捕歴。
 いわば「公式」なそれらの、様々な記録と「非公式」なあれこれ。

 その中に、少女の名はあった。
 
 園原杏里。来良学園に通う、高校2年生。両親を通り魔殺人によって亡くした、犯罪被害者遺族。
 赤林が「世話をしている」少女だった。

 彼は、特にそれを隠したりはしていない。
 組の若い者にも、赤林が年端もいかない少女の世話をしていることを知っている者は多いし、そのせいでロリコンという噂も立てられた。
 
 だが、仮にもヤクザの幹部だ。
 所有しているマンションの2件や3件はあるだろうに、彼はそれらに少女を住まわせることはしなかった。
 ただ、素性のいい堅気の不動産屋を介し、堅気の大家が所有する少し古くてこじんまりとして、池袋の中では環境の悪くない場所にあるアパートを少女が賃貸物件として妥当な基準より少しだけ好条件で借りるための、後見人になった。
 それだけのことだということも、四木は知っていた。
 それが、この世界においては、ひどく異質なことだった。

 気にならない、といえば嘘になった。
 まさか本当に赤林がロリコンで、彼の愛人だなどと思ったわけはなく、だから薄っぺらく分かりやすい嫉妬などとは無縁の感情ではあった。
 もちろん、ただの義理人情やまして善意などというもので、あの男が動いているとはさらに思っていない。
 だから、興味があった。その、単純でない、理由の在り処に。

 だが、そんな私的な関心で動くには、四木を縛るしがらみは多く。
 意地はさらに高かった。
 


「そうでしたか。ご苦労さまでした」
 四木は、報告を終えた部下をねぎらい、下がらせた。
 
 岸谷新羅が、茜を連れ出したという女子高生の名を口にした時、自分はたぶん驚きを隠せていなかったはずだ。

 園原杏里。
 茜を連れていたという少女に対する部下達の印象は、例外なく好評だった。
 黒バイクことセルティと共に岸谷のマンションの駐車場までは一緒に来ていたと後で聞いて、少しだけ残念な気がした。
 今日はそれどころではない一日ではなかったことくらい、十分承知はしていたけれど。

 口元に、小さく苦笑を浮かべるのは、苦笑。




 携帯が鳴る。
 ディスプレイに映し出される名前に、再び口元が笑みの形に歪む。

 この、ニアミスを、果たして、彼は知るだろうか?
 知れば。
 どんな顔をするのだろうか。

 彼について、非公式に───極めて私的に知り得たことも、決して少なくはない。






赤四木前提の四木さん
でもテーマは杏里ちゃん