君に贈る


「どうしたものかねぇ」
 ギフトカタログを無造作に投げだし、赤林は溜息を一つ吐き出した。

 特定の女はいないが、「仕事上」利用価値のある女に贈り物することは稀ではない。ヴィトンにプラダ。ファッション誌を飾る、ブランドの今期新作なら、幾つも買ったことがある。誰にやったか、ろくに覚えちゃいない。あれは、大事な「商品」をメンテナンスするための、必要経費だった。
 せめて子供ならよかった。デパートの玩具売場で、適当に兎か熊のぬいぐるみでも買っておけば、形になる。
 だが、今年高校生になる、十五の少女の進学祝いに、さて何を贈ったものか、となると簡単に答えは出てこなかった。
 取引相手のお嬢さんとかなら、金一封包めば済む話だ。義理人情と無縁ではないこの世界、祝儀袋も不祝儀袋も事務机の引き出しを開ければ、束で買って入っている。
 だが、あの少女に現金を包んで渡すことは、柄にもなく何故か躊躇われた。
 少女。園原杏里。
 最初は、赤林のターゲットである男の娘として、赤林の情報の中に書き込まれ、次に一目惚れした女の愛娘としてその情報は上書きされた。
 女の死と、その夫だった男の死を知り、そして少女の生存を知った。
 関わるつもりはなかった。関わってはいけないと思った。
 だが、自分にしてやれることはないだろうか。そう思ってしまったら動かずにはいられなかった。
 元々、損得で動く男ではない。だが、なんの見返りも考えず、誰かのために動きたいと思ったのは、ずいぶんと稀なことだと自分でも思い、そんな自分に苦笑した。
 ひそかに少女の行方を追えば、通り魔殺人事件の生き残りとしての周囲の残酷な好奇の視線と、厄介者扱い。少女に手を差し伸べる理由は、ありすぎた。遠くから見守るだけでも、なんて殊勝な態度が似合う男ではなかったので、あっさりと赤林はその一歩を踏み出した。
 周囲の態度も、赤林には腹立たしかった。
 少女の立場を慮って、直接的に手出しすることこそなかったものの、ムカつく連中だぶちのめしたいと思ったことは一度や二度ではなかった。
 義務教育を卒業した少女は、少なくとも社会の中で一人で生きていく権利を得た。もう、あのむかつく親類達の保護を受けることを強要されなくて済む。
 だから、門出を祝ってやりたかった。

 何が、いいかねぇ。
 溜め息一つ。
「ねぇ、四木の旦那」
 あんたなら、カタギの姪っこの進学祝いに何をあげます?
「…進学祝いじゃないんですか?」
「や、だから、何を」
「何というのは、……金額ではなくて?」
「ああ、やっぱり、そうだよねえ」
「不都合でも?」
 進学祝いなら、普通のことだ。
 だが、彼女に金を渡したくない。
 自分でも不思議なこだわりだった。
「現金に抵抗があるなら、図書カードにでもなさったらどうですか?」
「……ああ、そういうのがあったねぇ、さすが四木の旦那だ」
「思いつかない貴方が不思議です」
「俺は偏ってるからねぇ、いや助かった、ありがとうよ」
「では、失礼します」
 誰かご進学ですか?なんて、当たり前の社交辞令を、四木は口にしなかった。
 誰のことを話しているのか、なんて最初から知られていたと赤林が気付くのは、ずっと後のことだ。


「……?」
 ポストに入っていた、白い一通の封筒。
 杏里には親しく手紙を交わすような友人はいなかったけれど、それでも杏里達少女が手紙と言われて思い浮かべるような、綺麗な色と愛らしい絵柄で飾られたレターセットではなく、大人用の、白と紫の二重封筒だった。
 ご丁寧に宛名書きは筆書き。予感と共に裏返して差出人の名を確かめれば、案の定赤林の名があり、杏里はひっそりと口元に笑みを浮かべた。









1/9インテの粟楠会プチ用に作った
無料配布赤林さんペーパーから再録


杏里ちゃんと赤林さんというセットは
カプ関係ないところでとても好きな組み合わせです