No Boundary




 日曜日。
 セルティとゲームをする約束をしていた静雄は、川越街道沿いのマンションを訪れた。
「……あ?」
 マンションの前に、見覚えのある黒いベンツが2台停まっていたのがなんとなく気になって、眉を顰める。
 静雄と粟楠会とは、色々と因縁がないわけではないが、今のところ組としての粟楠会と直接的な関係を持っているわけではない。少なくとも静雄はそう思っている。
 もちろん四木は粟楠会の人間だが、自分はあくまで四木という人間個人と知り合い――というか恋人なわけであって組は関係ない、などという綺麗な理想論を静雄は本心から信じている。
 
 エントランスでチャイムを鳴らし到着を告げる。
「セルティ、いるか?」
『静雄、悪い。かい?今、取り込んでいるから待っててもらっていいか?』
 奥へと招き入れつつ、セルティがPDAを見せる。
「?」
 リビングには、先客がいた。
「ああ、平和島さんでしたか」
「四木さん!?それ、……っ!」
 ソファには、四木の姿があった。
 背後には部下であろう黒いスーツ姿の若い男が一人控えている。
 四木は、上半身裸体で、ちょうど新羅が包帯を止めているところだった。
「少しヘマをしましてね」
 苦笑混じり、静雄へと視線だけ向けた四木がそう話しかける。
「いやしかし運がいいですね、銃で撃たれてたった4針のナートで済むとは。ああ、いや運…じゃないですよね、これは。ちゃんと分かっていて急所を外させ……いやなんでもありません」
 ぺらぺらと話始めた新羅の言葉は、四木の軽いひと睨みで途切れる。
「……撃たれたんすか?」
 静雄が低く、小声で呟くように確認する。
 ほら言わんこっちゃない、と四木は小さく肩を竦めて、その動きが傷に響いたのだろう、こちらも小さく眉を顰めた。
「どこのどいつっすか」
 静雄のそれは、声というよりは呻きに近かった。
『静雄!?』
 許せない、という怒りが静雄の中で沸々と滾っていた。
 この人を、傷つけた。
 しかも、銃で。鉛中毒は怖いと、トムも言っていたというのに。
「お前がそれを聞いてどうする」
「え」
 答えた四木の声は、厳しくも冷ややかだった。
 瞬間沸騰した怒りさえ、一瞬にして再冷ましてしまえる程に。
「……ぶちのめして……」
「仇討?お前が?ふざけるな。これは組の問題だ。お前が手を出す話じゃない」
 ぴしりと四木が言い放つ。
「四木さん……?」
 四木にそんな風に拒絶されたことのなかった静雄の怒りは霧散し、ただ驚き戸惑う顔で、新しいシャツへと袖を通す四木を見つめるばかりだ。
「こいつは、組の仕事だ」
 自身の左脇腹へと視線を落として、もう一度静雄に向けた言葉は、もう厳しくはなかった。
「お前が債権者を取り逃がしたからといって私がそいつを追ったらどうする?そいつは自分の仕事だ、手を出すな、とお前は言うだろう?同じことだ」
 まるで子供を諭すかのような、穏やかな言葉。
「っす」
 静雄は、素直に頷いた。
 そんな二人のやりとりに、おや、と新羅は小さく口元に笑みを浮かべた。
 小学生の時に怪力に目覚めてしまってからというもの、静雄の暴力を恐れるあまり、彼をきちんと叱ることのできる大人は極端に減ってしまった。
 小学生の時も、それから来神高校で共に過ごした三年間も。
 四木のことを真っ当な大人であるとも思わないが、静雄にあんな風に言える人間は貴重だ。



「案外似合ってるかもしれないな」
『何の話だ?』
 結局、セルティとのゲームの約束は、また今度へと延期された。
 静雄はどうにも四木の怪我が気になってしかたのない様子で、事務所に顔を出したら今日は家に戻るから一緒に来るか、と四木が提案したところ、どうにも頷きたそうな様子だったので、セルティから延期を提案したのだ。
「四木さんと静雄君だよ。なんかこう父親という感じでもないし教師という感じでもないし、ああ、鬼監督って感じかな」
 親というほどの年齢差でもなく、教師というほど上に立つ立場でもない。だが、どんなずば抜けた才能を持つトップアスリートにもその輝かしい功績の影には必ずコーチの存在はある。ある意味暴力というものがこの世界に及ぼす力を熟知し、緩急自在に使いこなしている四木のような広義の暴力のプロフェッショナルであれば、静雄の力、というより静雄という力そのもののような存在に対して、妥当な方向づけも可能なのかも知れない。それが正しい使い方であるという保証は、まるでないとしても。
 その考察はおおむね間違ってはいないだろうけれど、少なくとも彼らの関係性を恋人であるとは想像もしていない新羅だった。



「静雄」
 四木の部屋に入り、不意に下の名前で呼ばれて、静雄は小さく身じろいだ。
 四木は他人のいるところで決して下の名前を呼ばない。平和島さん、とその呼び名を崩すことのない四木の、ある種の壁のようなものが二人きりになった瞬間に、色を変えるこの瞬間は、いつだって静雄の気持ちをざわめかせる。
「怒ったわけじゃない」
 言われて、こくりと不器用そうに静雄は頷く。
「心配かけたな」
 心配。そう、自分は心配で、苦しくなったのだ、と四木の言葉に初めて静雄は気付く。
 自分なら、いい。自分なら、撃たれても鉛中毒の心配さえなければ、別に困らない。
 代われるものなら、と思い、そんな風に思う自分にまた驚く。
 四木との間で起こる感情の多くは、これまでキレることしか知らなかった静雄の感情を複雑にさせる。
 四木の生業は、危険と隣り合わせだということを静雄も分かっている。
 立ち入らせない、と宣言された。
 目に見えない境界線を引かれた。
 静雄の力を以てしても崩せない壁だ。
 静雄は自分の力が嫌いだ。力でどうにかなると思っているわけではないけれど、それでもたいていのことは文字通り力づくで片付けてきた静雄にとって、この状態はひどくもどかしく、それを拙い言葉で訴えれば。
 侭ならない、それが恋というものだと、四木が笑った。




 






pixivにて
某方のお誕生日に捧げさせていただいたもの

全然お祝いな話じゃないのは
うちだからしょうがない、てことで