花の色 一・ 「これは、四木の旦那」 いつもお世話になっております、と平伏したのは、粟楠に出入りする人買いの一人だった。 「今日は、ぜひとも旦那にお目にかけたい者が」 男の後ろには「売り物」であろう、目深に笠を被った若者が一人、付き従っていた。 長身。細身だが華奢ではなく、太刀のように鍛えられた身体をしている、悪くない、ととまずは値踏み。 人買いの男に促され、男は笠を取り、頭を覆っていた手拭いを解く。 「ほぉ」 あらわれた金色の髪に、思わず声が出た。 真っ先に目を引くのは珍しい色の髪だったが、見れば端整な顔立ちに、意志の強そうなよい目をしている。 年の頃は十七、八か。陰間として売られてくるには、やや年が行き過ぎているが、なるほど見かけは悪くない。 「年は過ぎておりますが、これなら今から仕込んでも十分客がとれるかとも思いまして」 「ふむ」 「ですが、この者、いささか気性荒く。また少しばかり特技を持っておりまして、こちらに売り込むべきか、見世物小屋に連れて行くべきか、迷っているのですよ」 「見世物小屋、だと?」 男の言葉に、四木は僅か表情を動かした。 人買いの男に促され、青年は懐から漬物石のような物を取り出す。 「ご検分を。仕掛けは何もございません」 槌と石を渡されて、意図の分からぬまま、軽く石を槌で叩いてみる。無論、その程度で壊れたりはしない。 「静雄」 男は四木から戻された石を、静雄と呼ばれた青年に渡す。 青年は黙って、石を受け取りそれを片手で握って。 粉々に砕いた。 まるで、子供が泥団子を握りつぶすかのような、一瞬の出来事だった。 「何と……」 なるほど、これは。 見世物小屋という言葉が腑に落ちる。 だがその考えを首肯してやる気はなかった。 「買おう」 迷いなく、そう告げる。 毎度ありがとうございます、と男が恭しく頭を下げた。 「お前、名は?」 「静雄。……平和島静雄、です」 「静雄、か。ではその名は今日限りだ」 「え」 「ここが陰間茶屋だということは分かっているのだろう?お前達は今日から人ではない、商いの道具だ」 「……っす」 一瞬、剣呑な光を宿らせたその目は、けれど次の瞬間、伏せられる。 「……津軽」 「え?」 「お前の名だ。今日から、お前は津軽と名乗るがいい」 部屋の隅には、数日前に手に入れたばかりの、津軽三味線が飾られている。 歌舞音曲のいずれも上手にこなす四木の、商売道具であり、趣味でもある。 「お前をどう使うかは、もうしばらくお前の様子を見て決める。だが心積もりはしておけ」 「……はい」 静雄は、複雑そうな顔を伏せて、言葉だけは従順に答えた。 静雄を手に入れて、数日。 四木は珍しく、彼の扱いに本気で迷っていた。 見目はよい。 気性の激しさは折に触れ覗かせるものの、根は素直だと知れる。 客を取らせれば、それなりに上客が着きそうだと思えた。 だが、ただの陰間に収まらせるには、静雄の力は非凡過ぎた。 あいにく四木の管轄する店に見世物小屋はなく、他人に譲るのは惜しいと思わせる何かが静雄にはあった。 怪力のおかげで喧嘩には負け知らずと聞き、いっそ昨今辻斬りの流行るこの界隈、用心棒として傍らにおけばいいかとも思う。 とはいえこの色里に身を置くからには歌と踊りくらいは仕込んでおくかと、店の奥、私用で使う座敷に呼びつけたのが、五日目の夜だった。 店表からは、時折夜風に乗って嬌声が流れてくる。 その声に、ひどく静雄が落ち着かなげな様子を見せているのに、はたと気付く。 「お前、女はもう抱いたか?」 「……っ、いえ」 静雄は、顔を赤らめ、ふるりと首を振る。 「男の経験は、……と問うだけ無駄のようだな」 その、あまりに物馴れない様子に、溜め息一つ。 なるほど。 茶屋よりは見世物小屋か、と人買いの男が迷ったわけだ。 歌より何より、まずは色事のいろはを教える方が必要だ、とすぐに方針を変えた。 この、何も知らない青年が、この世界の濁った水に染まってしまう前に。 四木の手で。 「お前に客を取らせるかどうかはともかく、ここは色事の世界だ。知らなければ足を掬われるのは、お前だ」 これはお前のためだ、と諭すように言えば、静雄は従順に頷いた。 |
四木静 遊郭パラレル 本篇です この先完全R18なので、どこまでネット公開できるか迷い中 |