本気が欲しい




 彼が臆病なことは、とっくの昔から知っている。



 彼が自分に触れる手はおそろしく慎重で、時に臨也は嗤いだしたくなる。
 ねぇ、君。どうしちゃったんだい?
 あの頃、君は、標識を引き千切っては振り回し、自動販売機をぶん投げ、あんなにも全力で俺に立ち向かってきていたのに。
 ねぇ。俺にはもう君の本気や全力を見ることもできないのかい?

 臨也だって、分かっている。
 静雄のそれは、決して手抜きやいい加減の結果ではなく、ただ彼は優しくしたいだけなのだ。
 
「臨也」
 潜めた声で、低く囁く。
 臨也の背筋と下腹に直接響くそれだって嫌いじゃないけれど。
 もう、腹の底から震えるような全力で、咆えるように名を呼ばれたことが少し懐かしい。

 ねぇ。今の君が嫌いなんじゃない。
 優しい指も声も、大切だからだと知っている。
 
 けれど距離を置かれてしまっているようで、少し淋しくて。
 そんなにも不安にさせてしまう自分がもどかしくて。
 
 ねぇ。本気になって。
 怖がらないで。
 遠ざけないで。

 壊してから後悔するくらい、もっとずっと本気で俺を求めてよ。

 自分の手は破壊することしかできない。
 大切なものを傷つけるだけしか。

 それは、静雄を長く捉えてやまない呪縛で、ずいぶんとその自己嫌悪から解放されたはずの静雄の心の奥底に、今もしぶとく根を張っている。
 化け物、と呼びその呪縛を強化し続けたのは、間違いなくかつての臨也自身で。
 後悔なんておよそ縁のないはずの臨也をして、時々かつての自分を恨めしく思わせる。

 だって。
 こんな風になるなんて。
 思ってもみなかったのだ。
 あの頃は。
 こんな風に、なれるだなんて。





 息苦しさに、目覚めた。
 苦しい。
 息ができない。
 痛い。重い。

 え?
 
 不意に、意識がクリアになって、現状を把握する。

 胸の前で交差する腕。
 動けないのは、背後から抱きしめられているせいで。
「シズ、ちゃん…?」

 ぎゅっと。強く。
 抱きしめられているのだと、知る。

 苦しいほどに。
 強く。

 耳を擽るのは、安らかな寝息。
 彼は、まだ眠っている。
 眠りながら、臨也を抱きしめている。

 ああ。
 大丈夫なんだ、と不意に思った。

 こんなにも無防備に、眠りの中で静雄は臨也を抱きしめている。
 怯えも。遠慮も。何もなく。

 信じられている、と不意に思った。


 胸が、苦しい。
 けれどそれは愛しいという想いがあまりに激しく渦巻くからか、それとも抱きしめる腕の力がやっぱり桁外れで、そろそろ肋骨が罅割れそうなせいか、分からなくて。

 けれど、もしこれでうっかり肋骨が折れたりしたら、静雄がひどく落ち込むことは目に見えていて、そうしたらまた二人の関係がややこしくこじれそうなのも明白だったので。
 臨也は愛しいその腕から抜け出すために、ひっそり苦闘を開始した。







 






突発的に書きたくなった甘いシズイザ


でもこれって甘いんだろうか?
と、一日経って疑わしくなった