eclipse 月が、昇る。 地平に近い満月は、殊更大きく、赤く見える。 明け方に皆既月蝕があるということを口実に、彼を自宅に招いた。 最上階の臨也の部屋からなら、ビルの谷間に埋もれるみたいに建っている静雄のアパートからよりは、沈みかけの月もよく見えるはずだ。 月蝕や日蝕は世界中のあらゆるところで神秘現象として様々な事象に関連付けて考えられてきた。 デュラハンの首というこの世の不思議に関わった時から、臨也は人間観察に次ぐもう一つの趣味として世界の神話伝承もまた研究してきた。 だから月蝕という天体現象に多少思うところはあるものの、天体観測そのものは彼の趣味ではない。 同様に、平和島静雄が天体観測を趣味とする話も聞いたことがない。 だから、皆既月蝕は、二人のどちらにとっても口実でしかなくて。 まだ口実が必要なくらい臨也の部屋に静雄を招く、静雄が臨也の部屋を訪ねるということは珍しいことで。 けれどその見え透いた口実を使ってしまうくらいには、それは互いに望んだことだった。 主照明を落とせば、全面ガラス張の窓から、フローリングの床に落ちる月光。 月が綺麗だと唇からこぼれそうになった言葉を、かろうじて臨也は飲み込む。 あなたと見るから、月も綺麗だ、と。 明治の文豪は、なんと言葉を知っていたことか。 言葉そのものが武器の臨也は、言葉を仕舞う。 その手その身そのものが武器の静雄は、暴力の代わりにそっとその腕の中に臨也を囲う。 青白い月明かりが、二人重なりあった影を床に落とす。 自動喧嘩人形と呼ばれた男が、その天敵であった男の髪を、頬を、肩を、大切なものを扱うようにそっと撫でる。 臨也は無言でその手の甲に唇を押し当てる。 まだ少しぎこちない、二人で過ごす夜が、そうして始まる。 |
明日16日の明け方に皆既月食が見られるそうです 晴れますように |