溺れる





 ごろり、と畳の上を転がる。
 
 もう何日続いているか分からない、熱帯夜。体温が籠る布団から、畳へと逃げ出した。
 クーラーは少し前にリモコンを握り潰してしまって、動かない。こんな時、制御しきれない自分の怪力がまた嫌いになる。
 星の見えないこんな都会にも鳥はいて夜明けと共にちゅんちゅんと騒いでいる。
 あまりの暑さに、せめて風をと開けた窓からは、こんな時間から真っ青な空が見えている。
「暑い」
 青空から直接声をかけられたようにと讃えられる美声も、こんな日には呪わしげに歪んで。
「もう我慢できない」
 帰る、と。
 立ち上がる気配。
「……」
 暑い。うざい。
 その二言が頭の中を埋め尽くすのに。
 静雄はその手を掴んで、畳の上へと引きずり倒した。
「ちょっと、何…!?」
 狙い通り静雄の身体の上に倒れた臨也は畳よりも遥かに硬く頑丈な身体に受け止められて、顔を顰める。
 ぺたり、と汗ばんだ肌が触れる。
 他人の体温なんて、こんな朝には暑苦しいばかりだけれど。

 それを不快と感じなくなる方法を、静雄はたった一つだけ知っている。


 
 ぽたり。
 ぽたり、と落ちてくる汗の滴。
「……ふ、…あっ、」
 開いたままの窓を気にして、彼は声を殺す。
 静雄の上で、揺れる身体。
 彼が動くたびに、揺れる視界。
 窓枠に四角く切り取られた青い空が、揺れる。
 切り取られた青の中を、ゆっくりと白い雲が横切っていく。
 空が、揺れる。
 
 ぽたり、また額へと落ちる滴。
 触れる身体の、どこもかしこも、濡れて。
 息が、苦しくて。
 
 何も、考えられなくなる。
 深く。
 深く。
 落ちていく。
 沈んでいく。
 


 ああ。
 まるで、溺れているようだ、と。

 臨也の中で弾けながら。
 静雄は、ぼんやりと思った。





 





「早朝の畳の上」で登場人物が「溺れる」、「雲」という単語を使ったお話を考えて下さい。



というツイッターのお題より。
畳=シズちゃんちの、安アパート という連想でした。