sweet attack




「アンハッピーバースデー、シズちゃん!」
 きりりと冷えてよく晴れた冬の朝を、その声だけを評価するならあくまで凛として心地よく、けれどその内容と存在のうざさ腹立たしさでは他に比較のしようもないほどに静雄をキレさせる折原臨也の声が、静雄を後方から呼び止める。
「ああ゛!?」
 振り向いた、瞬間。
 目の前に広がった白い物体を、静雄は避けられなかった。
 向かってくるそれが、鉄パイプとかナイフとか金属バットとか木刀とか、常日頃攻撃されるのに慣れた武器の類ではなかったからだ。
 べちゃり。
 ぐしゃり。
 ぼとり。
 そんなマンガにかかれた効果音そのものみたいな、なんとも表現しがたい音と共に、静雄の顔面を直撃した、ケーキだったはずの物体が足元に落ちる。
 甘ったるい匂い。
「てめぇぇぇ……食いもんを粗末にするんじゃねぇぇ!!」
 ぐい、と制服のブレザーの袖でクリームにまみれた顔を一拭いして、静雄はオリンピック選手もかくやと思うスタートダッシュで、臨也を追った。



「てめぇぇぇ……食いもんを粗末にするんじゃねぇぇ!!」
「え、そこ?」
 静雄の隣を歩いていた新羅が、ぼそりと呟く。
「……まぁ、言いたくはなるがな」
 足元に遺されたケーキの残骸を痛ましそうに見やって、追いついた門田が応じる。
「まぁ……勿体ない、かな。味は悪くないと思うよ。きちんと箱に入れてラッピングされて渡されても、僕なら臨也の手作りって段階であまり食べたくないけどね」
「手作りなのか?」
「手作りだろう」
 ほら、と示す先には、二つに割れたメッセージプレートの、ホワイトチョコ。
 “Unhappy Birhthday
 シズちゃん、早く死んで(はぁと)”
 とチョコペンで書かれたメッセージが、見事に真っ二つになっている。
「臨也の妹達が割と敏感な体質で香料とか受け付けないんだ。だから、折原家の誕生日ケーキは、毎年お兄さんの手作りなんだよ。一度、運悪くあの子達の誕生日に臨也の家に行っちゃったことがあってね」
 一緒に食べさせられた、とぼやく新羅の表情は、とんだ災難だったという言葉には比例せずに優しい。
「無駄に器用そうだからなぁ、あいつ」
 作るからには、と手抜きのない丁寧な作業で焼き上げられ、デコレーションされたバースデーケーキが一つ。
 もっと別な方向にその努力が発揮されていたら、と思い、けれどこれこそが折原臨也が折原臨也であるゆえんなのだろう、と門田は深く溜め息をついた。


「くそ、あのノミ蟲野郎……っ」
 校舎の裏手で、完全に臨也を見失って、静雄はその足を止めた。
「……」
 うっとおしさを感じて額を拭えば、白いクリームが手の甲にべったりとついてくる。
 その甘い匂いにつられたように、無意識で唇を舐めれば、口に広がるのは柔らかく芳醇な香りと、優しい甘さ。
 クリームなのに、全然くどくなくて、正直に言ってしまえば、とても美味しい。
「……なんなんだよ、あいつ……っ」
 ただの嫌がらせなら、もっと別の方法もあるはずだ。
 こんないい香りで甘い、とか。
「嫌がらせにもなってねぇよ、バーカ」
 己の口から吐き出される罵倒さえも、今日は、ひどく甘ったるかった。
 





 






2012シズ誕SS その1
シズイザバージョンです