安堵



 幽から、最初に消えたのは痛いという感情だった。
 痛覚はある。そこに痛みという反応が生じていることは認識している。
 だがそれは幽の表情も心も動かさず、だから静雄はそこに傷の生じたことに気付かない。
 だから不用意に弟の体を傷つけてしまうたびにその何倍も心で傷ついてきた静雄の傷は減った。
 それで、よかった。

 幽から、怖いという感情が消えた。
 ぶつかったら怪我をする。そう冷静に判断をするから幽は、自分をコントロールできなくなった静雄が巻き起こす暴力の嵐から上手に身を隠す。
 けれど、他の人間達のように、静雄や静雄の巻き起こす惨禍を幽が怖れることはなかった。
 傷つけることで傷つき、怖れられることで傷つき続ける静雄は、幽の前でだけは傷つくことがなかった。
 それで、よかった。



 人は、感情が知らないと幽を憐れむかも知れないけれど。
 悲しいと思うこともない。

 ただ自分に傷つくことのない兄の姿に。
 持たないはずの安堵という感情をふと思い出す。

 それだけのことだ。




お互いのことが好きすぎる平和島兄弟