ジフェンヒドラミン 「……」 臨也が不意に顔を顰めた。 いかにも不快そうに口元を歪め、それから首元に右手を持っていって、がり、と音がしそうな様で引っ掻いた。 臨也は綺麗な指先をしている。指も、それから爪の形も。 世界で一番綺麗な手――もちろん、その手の持ち主はセルティだ―ーを見慣れている新羅にとっても、十分綺麗だと思えるような。 汚い手を使う、という比喩表現は彼を形容するのにきわめて妥当なので、皮肉なものだ。 臨也を解剖したところで、内臓はきっと綺麗な色をしている。 例えば高校生にしてヘビースモーカーな静雄の方が肺なんて黒いはずだ。 腹黒い、という言葉も、臨也のためにあるようなものなのに。 白くて綺麗な爪の先が、己の首元、鎖骨の上の窪みあたりに食い込む。まるで己の爪で首を掻き切ろうとしているかのような、怒りに満ちた指先。くっきりと爪の形に凹んだ痕。 その下に、直径2ミリほど小さく赤く膨らんでいるのが見えて、ようやく臨也の行動の理由を察する。 いつの間にか、蚊に刺されていたらしい。 忌々しさしか覚えないあのぶーんという独特の羽音も聞いていないし、ちらつく黒点のような姿も目にしていなかったと思うのに。 がり、と形よい爪が表皮細胞を削りとる。 元々肌の薄い部位だ。あと一回同じことをやれば、確実に血が出る。 「臨也」 見かねて新羅は声をかけた。 「掻かない方がいい。君、痕に残りやすいんだから」 臨也は、あまり肌が強いほうではない、と知っている。 カバンを探る。 新羅のカバンは色々なものが整然と詰まっている。その中身は、学校での日々の勉強に必要ではないものの方が多いので、来神学園の校則が比較的ゆるく、持ち物チェックなどないことはとても新羅に向いている。 「ほら、これ」 汎用性の高い塩酸ジフェンヒドラミンの軟膏も持っているけれど、あえて可愛らしい黄色いキャラクターが印刷されたかゆみ止めパッチの方にした。 「いらない。そのうち気にならなくなる」 「もっとひどい痕になるよ」 ほら。 もう一押し、とばかりに臨也の目の前にパッチをちらつかせる。 無意識だろう、首元にもう一度爪を立てようとした臨也は、その手を止めて数秒痒みに耐えた後、溜め息を混じりに 「貰っとく」 と呟いて、黄色いキャラクターをその首元、Tシャツからもちょうど覗いて見える目立つその位置に貼った。 その午後は、恒例の臨也と静雄の喧嘩は怒らなかった。 たぶん、あの静雄でさえも、臨也の首元のキャラクターパッチに毒気を一瞬抜かれたんだろうなぁ、と後になって新羅は思いつき、今日はいいことをしたと思い、それを話してセルティに褒めてもらうことを考え、とても幸せな気持になった。 |
新羅と臨也で来神時代 なんとなく仲がいい二人が好きです |