万愚節小咄 第一夜
〜杏里〜





 池袋の町に、オレンジ色があふれている。
 東急ハンズにもサンシャイン地下のダイソーにも、ハロウィン特設コーナーが設けられ、
ケーキ屋のショーケースには、かぼちゃのスイーツがずらりと並んでいる。

 昨日、美香は黒猫の耳のついたカチューシャをしていた。
 黒いミニスカートの後ろに、黒いファーの尻尾が揺れて、それはそれは可愛らしかった。
 杏里は、勉強机の二番目の引き出しにそっとしまってあるカチューシャを取り出した。
 夏休みに正臣と帝人と遊んだ時に、メイドカフェでもらったものだ。
 
 よく晴れた日中は暑いと感じることもあるけれど、夏はもうとても遠い。
 そっと、カチューシャをつける。

「とりっく おあ とりーと」 
 有名な呪文を唱えてみるけれど。
 誰に悪戯を迫ればいいのか。
 誰にお菓子をねだればいいのか。
 まだ、杏里には分からなかった。