万愚節小咄 第四夜 〜正臣と臨也〜 「Trick or Treat」 吐息が耳朶に触れるほどの距離でそう囁かれて、正臣は文字通り飛び上がった。 カタカナで書いたトリックオアトリートじゃない。 英語教師なんかより遥かに綺麗な、完璧なRで発音された、魔法の呪文。 それにしてもこの人はなんだってこうも何の気配もなく他人の背後に立つのか。 宙を舞う自販機や標識のおかげで何十メートル先からだってその接近を察知できる天敵とは本当に対照的だ。 一度目をつけられたら逃げられない、というところでは大変よく似た人達ではあるけれど。 「Trick or Treat ?」 ダメ押しのように、もう一度囁かれる呪文。 「ど、どうぞっ!」 咄嗟に押し付けたのは、買ったばかりの、ハロウィン柄の小さなビニール袋に詰められた、キャンディだかチョコレートの詰め合わせ。 「……なんだつまらない」 退屈なゲームソフトを放り出す小学生よりももっと退屈そうな顔をして、臨也は正臣から離れていく。 臨也が自分から興味をなくす。それはとても喜ばしいことのはずなのに。 ごめん。沙樹。 心の中で、呟く。 沙樹のために、と思えば思うほど。 正臣にできることは、手放すことばかりになる。 |
このお話を、猫天使の小泉智様が漫画にしてくださいました。 こちらから pixivで公開されていますので、ご覧になれる方はぜひ。 |