いざにゃ 1/8 (2010.09.19) R-18 (サンプルにR18部分はありません) 「……っ、くそ、早すぎるっ」 タイムリミットだった。 こんなに早いということは、どこかで計算を間違ったのだろう。 分単位で、きっちりと把握していたつもりだったのに。 ぐらり。世界が揺れる。 自分の存在が根底から揺るがされる感覚。 身体が解体されていく。 人間から、あの首なしライダーの運び屋によく似た不思議物質へ。 化身は、一瞬だった。 音もなく。 臨也の身体が縮み、代わりに増えたものは二つの耳と尻尾。 秋葉原ならいざしらず、池袋の路上に似つかわしいとは言い難い猫耳少年が、そこには出現していた。 「いざ、や……?」 気配に気づくのが遅れたのは、彼が敵意を持っていなかったから。 気配を殺すのが得意だったから。 それにしたって、最悪の。 見られた、なんて。 今の、この、決定的瞬間を。 「ドタ…チン?」 おそるおそる振り向いた視線の先では。 旧友、といえるほど親しくはないけれど、縁が浅いわけでもないかつての同級生が、呆然とこちらを見下ろしていた。 そんなことより」 くるり、と新羅は臨也に向き直った。 一瞬前までの、まともな医者っぽい言動とは、まったく違う、純粋な好奇心に満ちた輝くような笑顔。 「すごいね、臨也!ねぇ、それどうなってるの?ぜひ、解剖させてくれないかな」 「嫌だ」 つん、と臨也が横を向く。 耳も尻尾もぴんと立って全身の毛を逆立てて威嚇している猫そのものの風情に、思わず門田も静雄も笑ってしまった。 門田が臨也を担ぎ込んだ時、新羅は眼鏡の奥の大きな目を二、三度瞬かせたものの、騒いだりはしなかった。 「熱は、この姿とは直接関係ないんだね?」 その特異な姿に触れた時も、ごく事務的に症状を確認するついでのような口調だった。 「ああ。前にその姿だった時は、何も気付かなかったから平熱だったんだと思う」 門田が付け足すのにも、冷静に一つ頷くだけ。 そうしてそれ以後は耳にも尻尾にも、幼児化した身体にも言及せず、ただ淡々と普通に子供を診るように診察しておいて。 この、豹変ぶりだ。 「尻尾はたぶん触った感じ、尾てい骨がそのまま延長して尻尾になっているようだし、構造的にも無理ないんだけどその耳はない!ありえないよ!一体、どんな構造になっているんだい?」 「うるさい、この変態闇医者」 「いずれにしても、猫化幼児化する新種の悪性ウィルスじゃないっていうなら、その姿について説明してくれないかな、臨也」 メスを片手に、最高の笑顔で促され。 渋々、臨也は自分の忌々しい血統のことを白状した。 一夜、明けて。 なんだか長くてへんてこな夢を見ていた気がする、と起き上がった静雄は、ふと横を見て、それが夢でもなんでもない、れっきとした現実であることを思い知った。 一枚だけの布団と毛布は病人に譲ったので、静雄は座布団を枕に畳に直に寝ていたせいで、身体のあちこちが痛い。 「……何だってんだかなぁ」 溜め息、一つ。 けれど、この不可解きわまりない現状は、不思議なほどに不快ではなかった。 「おい、ノミ蟲どれがいい?」 臨也の目の前に並べられたのは、レトルトパックの粥だった。 白粥に、梅粥。卵粥に、鮭粥もある。 コンビニの棚に並んでいるのを、全部買ってきたらしい。 「卵」 「わかった」 注意書きどおり、皿にあけてレンジで温める。 「いただきます」 小さな手を、きちんと合わせる姿に、ふと昔の幽の姿が重なった。 今の臨也には少し大きい気がする、カレー用のスプーンで一口、口に含んで、慌てて離す。 「?」 「……っ、シズちゃんっ、お水っ」 涙目で、訴えられる。 ああ、猫舌か。 一拍遅れて、理解した。 目の前では、十分に冷ましたレトルトのお粥を、ゆっくりと臨也が食べている。 臨也の頭上では、三角耳が時々ぴくんと動き、背後では尻尾が揺れている。 昨夜深夜まで営業している大型スーパーに立ち寄ってとりあえず買ってきた子供服は、ひどく安っぽくて臨也に似合っているとは言い難かったけれど、始終パンツが落ちないように握っていなければいけない状況から解放されただけでよしとしたのだろう、臨也自身はそれについて特に文句はないようだった。 Tシャツの裾から、覗く尻尾に半ば目を奪われながら、静雄は二つ目のコンビニおにぎりに齧りついた。 それは、怖ろしく非日常な光景だった。 ダラーズのリーダーである少年が憧れる非日常の極みが、素手でガードレールを引き抜いて振り回すことでも、非合法と合法の狭間で情報を売り買いすることでもなく。 ただ、二人静かに、コンビニで買ってきた朝ごはんを食べることだった、だなんて。 きっと、この池袋の誰も思いつかないだろう。 そう思えるような、穏やかさだった。 昔、猫が飼いたかった。 犬でも、いい。ウサギでもいい。動物が飼いたかったのだ。 まだ小さかった静雄は、母に飼いたいとねだった。 母は、静雄が一人でちゃんと世話ができるようになったら、飼ってもよいと約束してくれた。 一人で世話ができる年頃になった時、静雄はもう動物が飼いたいとは言わなかった。 その頃、静雄はもう怪力に目覚めていて、何もかも壊してしまう自分の力では小さな動物なんてあまりに簡単に捻り潰せてしまうことを分かっていた。 「ごちそうさま」 ぼおっと回想に耽っていた静雄は、臨也の声にはっと我に返った。 ぴこんと大きく尻尾が揺れるのが見えた。 |
こんな感じで、猫化&外見幼児化 振り回される皆のお話です |