The Melodies of Psychedelic Dreams (4) サイケデリック、と呼んで思い出したことがあった。 「臨也」 「ちょっと待ってて」 取り出した携帯で、連絡を取る。 「ああ、俺だけど。……そう、この前の話。付き合ってあげてもいいよ。ただし、条件がある。もう一人、一緒に撮って欲しい人間がいるんだ」 何の話だろう、と所在なげにソファに座っていた 「せっかく買い揃えてあげたんだから、少しつきあいなよ」 サイケデリックドリームスがブレイクしてすぐの頃から、臨也にサイケのコスプレをしろと何度もせがんでくる、一風変わった映像作家で作曲家でもある知り合いがいた。 あれが臨也本人の承諾なく似せられたCGであることを承知の上で、臨也にそれを要求してくる、よくよく図々しい男ではあった。 男は、幾つものオリジナル楽曲をサイケに歌わせて動画サイトで発表している。 サイケというプログラムのイメージに実在の人間を重ねることで、さらにイマジネーションの進化をということらしいが、臨也から見ればただのコスプレ好きなオタクだ。 だが、実在の人間ともCGともつかない形で記録を残すというのは、このもう一人の平和島静雄への手綱をつけるのにちょうどよさそうだと思ったのだ。 今日。今すぐならば、応じる。 無茶ともいえる臨也の条件を男は一も二もなく承諾し、二時間後に池袋にほど近い撮影スタジオということになった。 ルームサービスで頼んだサンドイッチとコーヒー、静雄にはさらにデザートにパフェをつけて昼食とした後、二人でスタジオに移動した。 「臨也?」 用意されていたサイケデリックの衣装に着替えた臨也を見て、静雄が目を丸くした。 「行くよ」 「あ」 ブルースクリーンの前に臨也が立つ。 静雄がそれを追う。 並ぶ。 臨也が振り向く。 「撮影って、一体……」 「好きに動いてくれたらいいんだよ、もう一人のサイケ君」 カメラを構えた男が言えば、静雄は途方にくれたように臨也を見る。 シズちゃんなら、とっくにキレてるよなぁ。 笑って、けれどそれさえ虚しくなって、臨也の口からは溜め息がこぼれた。 アイドルのPVではないのだから、終始笑っている必要なんてない。 撮影を終了してホテルに戻った時には、もう夜だった。 途中から静雄は無言がちだったが、意識として表に出て、話し行動することに慣れていないせいで疲れたのだろうかと臨也はたいして気にも留めなかった。 戻ってみれば、ルームサービスをとるついでに至急でクリーニングに出しておいた彼のバーテン服は綺麗にクリーニングされて戻ってきていた。 よかったね、と笑いかけたところで腕を引かれて、二つ並んだシングルベッドの片方に仰向けに転がったところで、臨也は自分が油断していたことに気付いた。 振り払えないような力ではなかった。躱せないようなタイミングではなかった。にも拘わらずこんな風に転がされている。枕に激突した後頭部よりも、お世辞にも柔らかいとは言い難いシーツに投げ出された身体よりも、平和島静雄といるというのに、自分がこんなにも油断していたという事実が何より臨也には衝撃だった。 「……サイケデリック?」 シズちゃん、とは臨也は呼ばなかった。 それほど、目の前の男は臨也の知っている平和島静雄とは異なっていた。 「好きだって、言っただろう」 潰さないように気を付けているのだろう。 直接腕や肩を押さえつける代わりに、顔の両脇に手をついて、臨也を跨いで覆いかぶさられる。 まるで彼の身体で作った檻に閉じ込められたようだった。鋼鉄よりも頑丈な檻だ。 噛みつくみたいに、口づけられた。 唇を舐め、口に含まれた。 噛み千切られるのではないかと本能が怯えて背筋がぴくんと震えた。 臨也は自分の容姿が優れていることを承知していたし、その使い方も誰よりも心得ていた。自分がごく一部ではあるが、同性からも性的対象と見られうることも知っていたし、実際に危険な目にあったこともある。 だが、自分が平和島静雄の性欲の対象となる可能性なんて、欠片ほども想定してなんていなかった。 「やめろ…っ、!」 我に返ったかのように、臨也は身を捩り暴れた。 冗談じゃない、シズちゃんとなんて。 押さえつけられていない腕と脚を闇雲に動かすけれど、静雄という檻はただ強固だった。 臨也が暴れたために万が一にでも逃げられないようにと思ったのだろう、安定をよくするために胸をに這わせていた右手もベッドにつき、使えなくなった ほんのしばしの格闘に、はぁ、と息を荒げて、臨也が睨みつける。 「離せ…っ」 それは、いつだって余裕と嘲りの表情で静雄を見下し続けていた臨也が初めて静雄に聞かせた悲鳴だった。 他人を翻弄するのは、いい。翻弄し、観察する。それが臨也だ。だが、そこに臨也自身が当事者になるつもりはない。 そう、確信していた。 叫び、抗い、そうしてそのすべてが無駄だと不意に悟った臨也は、力なく四肢を投げ出した。 「……好きに、すればいい」 「ああ、そのつもりだ」 ネクタイをゆるめ、無表情に見下ろすピンクのシャツを纏ったその男が誰なのか、臨也にはもう分からなくなっていた。 臨也が目覚めた時、彼はもういなかった。 部屋が破壊された様子はどこにも見つけられなかったので、主人格の静雄に戻って去って行ったという訳でもなさそうだった。 おきざりにされた。そう、思った。 一方的に翻弄されて、強姦と呼んで差支えないような形で犯されて。 臨也一人を、残して。 たぶん、次に彼を見かけた時には、彼はいつもどおりの化け物で自動喧嘩人形で、折原臨也の大っ嫌いな平和島静雄に戻っている。 ← / → |